“これはあなたの人生だ。
好きなことをやれ、好きなだけ。
何か嫌いなことがあるなら、変えろ。
仕事が嫌いなら、辞めろ。
時間が足りなければ、テレビを観るな。
人生かけて愛するものを見つけたければ、立ち止まれ、
あなたが好きなことを始めようとしているときも彼らは待っていてくれる。
考えすぎるな、人生は単純だ。
あらゆる感情は美しい。
食べるときは、しっかり味わえ、人噛みごとに。
心を、両手を、感情を開け、初めての物事と人々に、
私たちはその違いによって一つになれる。
隣にいる人が情熱を注ぐものを尋ね、
そして閃いた夢を彼らと共有しろ。
旅をしろ、何度でも。道に迷うたび新しい自分が見つかるだろう。
一度きりしか来ないチャンスもある、必ず掴め。
およそ人生とは、あなたが会った人、そして彼らと作り上げたもののことだ。
だから外に出て、何かを作り始めよう。
人生は短い。
夢に生き、いつも情熱を忘れるな。”

crofesima:

Opening to Aoi Honoo (Blue Blazes) pays homage to:

(Source: dewogong)

(Source: artesoul)

諸君、私はコーディングが好きだ
諸君、私はコーディングが大好きだ

HTMLが好きだ
XMLが好きだ
MathMLが好きだ
CSSが好きだ
SVGが好きだ
ECMAScriptが好きだ
JScriptが好きだ
Javascriptが好きだ
jQueryが好きだ

家で
職場で
取引先で
大学で
電車内で
カフェで
ファミレスで
コワーキングスペースで

この地上で行われるありとあらゆるコーディングが大好きだ

各々のルールに沿って緻密にインデントされた美しいソースコードを見るのが好きだ
他人のそれを崩さぬよう自らが手を加えなければならない状況など心が躍る

厳格な仕様書に基づきクロスブラウザで1pxのズレも許されない状況が好きだ
悲鳴を上げて逃げだしたベテランコーダーの代打を完遂した時など胸がすくような気持だった

一見するとHTMLでは表現不可能に思える複雑怪奇なデザインが好きだ
WEB素人のデザイナーがドヤ顔でエゴにまみれたPSDを送りつけてくる様など感動すら覚える

NO残業主義の同僚達が帰宅後、夜中に一人オフィスの隅でエディタを操るひと時がもうたまらない
WEB標準だLintチェックだと喚き散らす者どもが私の作り上げた1点の減点もないHTMLで黙るのも最高だ

哀れなIEが些細なバグを重ねて健気にも私の邪魔を試みるが、CSSハック等でソースコードを汚すこと無くそれら全てを退けた時など絶頂を覚える

納品後、自称WEB担当者にソースコードを滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守ってきたコーディングルールが犯され蹂躙され見るも無残な姿をWEB上に晒しているのはとてもとても悲しいものだ

素材到着が遅れに遅れ納期を守れない状況が好きだ
例えいかなる理由があろうともコーダーが納期を守れないのは屈辱の極みだ

諸君、私はコーディングを、地獄のようなコーディングを望んでいる
諸君、私の親愛なる戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?

更なるコーディングを望むか?
来る日も来る日も朝から晩まで泥にまみれるようなコーディングを望むか?
全てのタグ・関数を使い尽くし三千万行を数える空前絶後・前代未聞のコーディングを望むか?

…よろしい、ならばコーディングだ

我々はW3Cの化身となりて今まさに新たな命をWWWに宿す聖職者だ
だがこの暗い業界の片隅で10年以上もの間堪え続けてきた我々にただのコーディングではもはや足りない!

大規模コーディングを!!
一心不乱の大規模コーディングを!!

我らは完全なるマイノリティー、コーディングを偏愛する異常者に過ぎない
だが諸君は一騎当百万行の古強者だと私は信仰している
我らがその気になれば全世界のWWWのソースコードの行数ですら取るに足らない項数となろう

我々を業界の隅へと追いやり眠りこけている連中を叩き起そう
椅子ごとモニタの前に引きずり出しエディタに顔をこすりつけてやろう
連中にコーディングの味を思い出させてやる
連中に我々のタイプ音を思い出させてやる

エディタとブラウザのはざまには奴らの哲学では思いもよらない事が起こることを思い出させてやる
一騎当百万行のコーディング集団でWWWを燃やし尽くしてやる

全HTMLコーダーへ告ぐ
目標、米国本土MIT, CSAIL
コーディングを開始せよ

designersof:

schoener

our tumblr for inspiration

Logodesign & visual identity for the czech republic born deep house dj
oldrich sic jr. as him being a vinyl adicted person with a very outgoing and humorous character we decided to create a playful logo with motion and dynamism to fit him best.


Links: website & behance

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“朝起きた瞬間に「今日は早く寝よう」と思う”

type-lover:

Hand Lettering
by Tobias Saul

「美術って、遊びを商売にしているようなものだけど、学校ではそんなに遊んでばかりいると教頭先生に叱られてしまうので、ちょっとは絵を描いてみようか」

とA4のコピー用紙を配る。

「さーて、紙はいきわたったかな?

 それでは、わけた紙にちょっと絵を描いてもらう。これから黒板に書く条件で描いてもらうぞ。」

と、以下を板書する。

  • 画材は何でもいい。鉛筆でもボールペンでもマジックでも、持っているものを適当に使うこと
  • ただし、紙を見てはいけない。下敷きにノート等を使い、机の下で描くこと。

「さあ、条件はこれだけ。とにかく、見ないで描けばいいということだ。

 では、この条件でこれから板書するものを描いてください。

 時間は3分。質問はなし」

と、モチーフを板書する。

  • 皿の上にリンゴがのっているところ

意味わかんねーよ、とか、時間が短すぎて描けねーよ、とかいう文句を聞き流して

「はい、じゃあはじめてー」


「よーし、そろそろ時間だね。はい、では紙を机の上に出してくださーい。

 ちょっと見回らせてもらおうかな・・・・・・」

ニコニコしながら自分で机をまわって、絵を見ていく。全員分をみたところで

「・・・・・・・うんうん、やっぱりねー」


「僕は毎年4月の初めの授業で同じことをやっていますが、今年もやっぱり、でした。では、何がやっぱりなんだと思いますか?」

「ほぼ9割以上の人が、丸い皿の上にリンゴひとつ、それを斜め上から見たところを描いていますね。僕は「皿の上にリンゴがのっているところ」としか書いていませんね。皿の形も、見る角度も、リンゴの個数も指定していません。」

「だいたい、クラスに数人くらい、少ないときは1人か2人は、真横から見たり、四角い皿を描いたり、リンゴを複数描いたりします。切ってウサギを作ったところを描いた人も過去にいましたよ」

「見ないで描けというのは、実は罠です。見ることができないと、かえって「上手く描こう」というほうに意識が向いてしまいます。そのために、美術にとって1番大切なことがおろそかになってしまう。美術にとって1番大事なことは、上手に描くことではないんです。」

「では美術にとって1番大切なことって何か。それは【ものの見方・ものの捉え方】なんです。特に10代のみなさんにとっては【自由にものを見る】ということが大切だと僕は思います。」

「さっきトランプ手品をやりましたよね。手品って、人間の視覚の構造を利用したり、人間の意識の自由を奪って騙すものなんです。」

「当たり前の丸い皿を、当たり前の角度から、とりあえず1つだけ描く。これって、全然自由がありません。上手に描こうということに意識を奪われてしまい、他のことを考えられなくなってしまったから、自由がなくなってしまったんです。皿の上にリンゴがのっているところを描くという、こんなシンプルなことですら、みなさんの自由は簡単に奪われてしまいました。」

「何かに囚われずに考えるとき、人間は自由でいられるんです。みなさんは、囚われずに考えてはじめて人間は自由になる、ということを今は大事にしてください。これは美術に限ったことではありません。数学も英語も国語も物理も歴史も、人間が自由になるために積み上げてきたものだと僕は思います。」

「自分で考えて自由になる、というのはとても気持ちのよいことです。美術というのは、そうした自由がそのまま大事にされます。こういう自由を愛する人は、きっと美術が好きになってくれると思います。」

「本当は、囚われる、ということも美術にとっては大切なことなのですが、それについては10年後にいっしょにお酒を飲むことがあったらお話しますね。」

「それではこれから1年間、僕と付き合ってください。ああ、つまらなかったら授業にでなくてもいいですよ。作品さえ出してくれれば、作品だけで成績をつけますから。しつこくいいますけど、他人の邪魔さえしなければ出席を含めた態度なんてどうでもいいんです」

70-80年代頃のニューヨークでは、「芸術家証明書」というのが発行された時期があったそうです。 その理由は、当時一部荒廃していたニューヨークの街との関連が、まあ、いろいろあるんですが、(ここでは割愛) 私がしびれた(笑)のは、その証明書を出す基準でした。 それは、

1:商業的芸術ではなく、純粋芸術−すなわち絵画、彫刻、振付、映像、作曲その他を含むものの創作を、不断に進行している個人 2:自己の表現形態に真剣かつ不断に傾倒してきたことを証明できる個人 3:現時点でも、その表現形態に専心・従事している個人

・・・つまりですね、 「それで食えてるか」とか「いくつ賞もらってるか」とか関係ないんです。 「ずっと創作を人生のメインにやり続けています」と言えれば、それはその人は“プロフェッショナル”の芸術家として“証明”される。

「芸術家証明書」の発行の目的は、「優れた芸術作品を世に送り出す」といった高邁なものではなく、芸術家というものの存在・暮らしぶりにのみ焦点をあてて、その暮らしぶりをそのまま続けられるよう制度を整えたという事実である。別の言い方をすれば、市民がそれぞれの暮らし方で暮らしていけるよう権利を守ったという、つまりはデモクラシーの姿勢である。
芸術家が芸術家として生きていける社会とは、まずはこういう環境——芸術作品よりも前に、その送り手たる「芸術家」に目が向けられる環境——をいうのである。 芸術家が芸術家として生きていける環境とは、芸術家の層の厚みを生むのだろう。芸術の世界でもビジネスでもスポーツでも、目をみはるほどの活発な現象というものは、層の厚みから生まれるものだ。そして、目をみはるほど活発な芸術現象とは、すなわち、多くの人々を引きつけられるパワーある芸術作品が次々と生まれ出る社会であるこのは、いうまでもない。

—『ニューヨーク—芸術家と共存する街』

*arts marketing.jp : オバマ氏のマニフェストと、”芸術家である基準”とは。 (via nanospectives) (via tessar) (via sytoh) (via dannnao)

たけしはなんていってたっけ

(via kml)

(via djsmz) (via gkojay) (via hetmek) (via deli-hell-me) (via yaruo) (via mmmmmmmmmy) (via growmoss) (via yuasa)

(Source: oucu)

grafikr:

Racing Club 

Spanish designer rafa san emeterio bombin redesigned the graph of the Racing Club of Santander.

(Source: behance.net)

oliphillips:

Swiss Army Knife
by Todd Mclellan

oliphillips:

Swiss Army Knife

by Todd Mclellan